今日は、下の街へ降りることにした。宿の車で下まで下ろしてもらう。昨日の晩、宿に泊まっていたミシガンの老夫妻に、「マシュマロを買ってきてもらえないか」と頼まれたので、いろんな店をまわって、マシュマロを探すが見つからなかった。街の中をぶらぶらしていると、トオルさんに会った。マーケットまで案内してもらう。マーケットに入る直前に、「スリに気をつけてね」とトオルさんに耳打ちされた。


マーケットで、籠に入れられた胴の長い大きなリスのような生き物が売っていた。「かわいいですね」と僕が言うと、「あれ、食うんですよ」とトオルさんは言っていた。クスクスという名前だそうだ。マーケットでパッションフルーツを買ってから、トオルさんの家まで案内してもらう。トオルさんが昼飯を作ってくれた。食事の後、協力隊のアルバムを見せてもらっていると、気が付いたらトオルさんはソファーで寝てしまっていた。アルバムも見終わってしまい、手持ちぶさたになったので、パッションフルーツの皮を削って置物を作っていた。風のある、静かな午後だった。


トオルさんは起きる様子もなかったので、ひとり家を出て、映画館の前へ向かう。夕方宿へ戻る車を、映画館の前で待つ約束になっていたのだ。映画館は「トライブス・シアター」という名前の、ひなびた小さな建物だった。名前も聞いたことの無いような古いアメリカ映画のポスターが貼ってある。


映画館の前で、車を待っていると、激しいスコールが降りだした。僕は映画館のひさしの下で、ひとり街の様子を眺めていた。傘をさしている人間はほとんどおらず、みなビニールで頭の上をおおうようにして、足早に駆けていく。街を眺めている間、ずっと雨は続いていた。


車が来て、ハウス・ポロマンに戻り、しばらくするとコバヤシさん、という協力隊の人が尋ねてきた。トオルさんとはまた違った、ニカッと笑う顔が印象的な背の低い30歳くらいの男性だった。「今日、日本人の観光客が来るらしいから」、というのでバイクで下から上がってきたそうだ。


昨日聞いていた話では「日本人の女の子が6人来る」とのことだったけれども、やってきたのは、登山家のおじさん達6人だった。沼津から来たそうだ。ウィルヘルム山に登りに来たそうだ。コバヤシさんも交えてみんなで食事を取った。


「ウィルヘルムはね、つまらない山ですよ。頂上までずっとガレ場で、登りきってしまうまで景色も何も見えない」


と、彼らは話していた。


夜、外でふとコバヤシさんに会った時に、
「アンナは、『日本人の女の子が来る』って言ってませんでした?」
と聞いたら、
「いや、俺もそう思って来たの」と、ニカッと笑っていた。


今晩は、この小屋に泊まっているのは、僕しかいない。遠くの方で村人達が小さな宴をやっているのか、歌声が霧雨の向こうからかすかに聞こえてくる。