朝、起きて宿泊室の外へ出ると、ピーターに会った。


「昨日はよく眠れた?」

「うん。でも君はどこで寝たの?」

「俺は適当にそのへんのコンテナの上さ」


この国の人々は、どうしてここまで僕に親切にしてくれるのだろう。僕はそんな彼らのやさしさに、ただただ感謝するばかりだった。


ピーターが船の操舵室へ案内してくれた。他のクルーが僕にコーヒーを入れてくれた。操舵室の隅には、老いた小さなシスターが一人、ちょこんと座っていた。パッと見たところ、島嶼部の方の人間らしかった。彼女は何をするともなく、ただそこに座っていて、他のクルー達と何か特別なコミュニケーションを取る、といった様子もなかった。他の乗客とは違い、そこの場所が特別に彼女の為に特権的に与えられているのかもしれない。


この船は元々日本船籍の船を払い下げたものらしく、操舵パネルの中の表示はすべて日本語で書かれていた。

「これは何て書いてあるんだ?」とクルーに、次から次へと、書いてある内容を尋ねられた。

「これは、前進、だからFORWARD。」

「ふむふむ、そうか」と言って彼らはマジックでパネルにその内容を書き込んでゆく。一応こうやってちゃんと船は動いているのだから、念の為に聞いておこう、ということなのだろう。


船長は、ひょろっとした寡黙な男で、操舵席の上に体育すわりをして、静かに船の舵を取っていた。

途中、船長がピーターに、

「お前、やってみろ」と舵を渡した。

「ハイッ」と丁寧な返事をして、ピーターは舵を取り始めた。


ピーターはまだこの仕事を始めて間もないらしく、この船の中では一番の下っ端であるようだったけれども、そうやって舵を取っている時の目つきは真剣だったし、自信に満ち溢れて堂々としていた。そういう彼の姿を横で眺めているのも、気持ちがよかった。



途中、船は小さな島に泊まった。シスターはその島で降りて、ひょこひょこと歩いていった。ここが彼女の島なのだろう。船はそこで貨物室を開き、積荷を降ろす作業を始めていた。この船はこうやって途中小さな島に立ち寄り、物資を降ろしていくのが、メインの役割であるようだった。見ているだけ、というのもつまらなかったし、ベットを譲ってくれた礼もあったので、クルー達に混じって、積み下ろし作業を手伝うことにした。リフトカーも無いような小さな波止場なので、手で積み下ろしをしなくてはならないようだった。流れ作業で、ビールやら小麦の袋やらを降ろしてゆく。


「君は客だから、いいんだよ?」

「いや、お世話になってるし、これくらい手伝わさせてください」


そうやって太陽の下で体を動かすのは楽しかった。自分のやっている作業が楽しそうに見えたのか、気がつくと周りの子供達もはしゃぎながらいっしょに作業を手伝っていた。


一通りの作業を終えてから、波止場の近くでピーターといっしょに、ココナツの実を買って飲んだ。僕はなれていないので、何度やっても口の周りがベトベトになってしまう。


夜、船首の方に出て、ひとり休んでいた。操舵室の窓からクルーに、
「おーい、そこにいると危ないぞ。中に入ってこいよ」
と言われたけれども、「すぐに戻るから」といって、しばらくそこで休んでいた。南太平洋の風が気持ちよかった。


ピーターもそこにやってきて、いろんな話をした。周りが静かな為か、昼間しゃべっていた時よりも、ピーターも落ち着いてリラックスしているようだった。彼の話を聞くと、彼は小学校の3年までしか出ていない、ということだった。しかし彼は敬虔なクリスチャンで、教会で教わったことは、本当にちゃんと守っているようだった。


「俺たちがさぁ、こうやって海の上を渡っている間はさぁ、村のみんなは静かに眠ってるんだろうね」


といって、クククッと笑っていた。しばらくの間、そうやって彼と話をしていた。