午前5時頃、周りの人々が起きはじめて、がやがやと動き出した。寝袋の中でその様子を感じながら、なんだか高校の時の合宿の最終日の朝を思い出した。僕たちは毎年夏になると、和歌山の片田舎の海辺の合宿所に10日近く詰め込まれて勉強をずっとさせられていたのだ。最終日の朝は、今日でやっと大阪に帰れるのだ、という嬉しさで、みんななんだか朝早くからそわそわしていた。床に反射されてホワッっと響いてくる、そんな周りの動き出す音を感じながら、しばらく寝袋の中でうとうとしていた。午前6時過ぎに、目をさますと、周りにはもう誰もいなくなってしまっていた。何がなんだかよくわからなかった。


午前8時くらいに、サイモンさんといっしょに、波止場まで出た。ラバウルに向かう船のチケットを買う為だ。チケット売り場はなかなか見つからなかったけれども、あちこち探してようやく見つける事ができた。倉庫街の片隅にある、小さなプレハブの建物がチケットを売っている事務所だった。夕方に出る船のチケットを買ってから、マーケットに行ってみよう、という事になり、海岸沿いの道をサイモンさんとゆっくりと歩いた。


宿に戻ってから、一人であたりを散歩した。近くの小学校で、何か催しものをやっていたので、立ち寄ってみた。校庭で、民族衣装を着た人々がダンスを踊っていて、中庭では子供たちが歌を歌っていた。何をやっているのか、と尋ねると「小学校に図書館が出来たので、それのオープニングセレモニーをやっているんです」とのことだった。


宿に戻って、ボゥっとしていると、小さな女の子が二人、話しかけてきた。

「ねぇ、今日学校行った?」

「学校? あぁ小学校のこと? うん行ったよ」

「私たち、あなたを見たのよ」

とだけ言って、彼女達は、キャッキャッと笑いながら、どこかに去っていった。


サイモンさんが、夕方4時になったら、いっしょに波止場につれて行こう、との約束していたので、庭でずっと何をするともなく、座って待っていた。


「ここで待っていても暇でしょう」

と、昨日出合ったベティーさんが話し相手になってくれた。彼女は相変わらずきれいな英語を話し、素敵な笑い方をしていた。彼女はマダンから来たのだそうだ。雰囲気的に、彼女は長くここに泊まっているようだった。彼女がどういう経緯で娘とマダンから出てきたのかは得に聞かなかった。彼女と話していると、何かホッと出来るところがあった。


「もしあのチンブーマンが来なかったら、いっしょに波止場まで行ってあげるわ。今日はペイ・フライデーだから危ないのよ。」


ティーさんが言うには、この国では給料の支払いは、月に2回、金曜日に現金で支払われるのが常なのだそうだ。なので街の中で襲われる可能性が高い、というのと、稼いだ金で一気に飲んでしまうので、酔っ払ってみなあばれるので危ない、とのことだ。そもそもこの国には元々飲酒の文化が無く、人種的にもアルコール分解酵素か何かを欠いている、なんていう話も聞いたことある。


結局サイモンさんがなかなかやってこないので、ベティーさんが宿の車を出してくれるよう、頼みに行ってくれた。「4キナで出すよ」、と言われ、金を払ってバンに乗り込むと、周りの子供達まで、何故かどかどかと乗り込んできた。ベティーさんや子供達といっしょに、波止場へ向かう。車の中はにぎやかだった。


そうこうしている内に、車はすぐに波止場に着いた。みんなに礼と別れの挨拶を言い、車から降りると、ベティーさんが窓から体を乗り出していた。

「コーシー、握手してよ!」

ティーさんの手は、僕が思っていたよりも、ずっとやわらかい手をしていた。僕はその車が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。


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船着場では、まだ金網のゲートが閉まっていて、その向こうでクルー達がせっせと積荷の乗せこみ作業を行っているのが見えた。金網の手前の空き地に、3、40人の客が、乗船を待っている。あたりには弱い雨が降っていて、どんよりとした海の上に広がる空は、今にも重い雨を降り落とし始めそうに見える。そばの木の下で、その光景をぼんやりと眺めていると、二人の女が話しかけてきた。この国の人間にはめずらしく、パリッとしたスカートを履いていた。そして何か他の人間と違うな、と思い、なんでだろうな、と考えてみると、それは彼女達が傘をさしているからだ、といこうとに気がついた。鮮やかなグリーンの傘だった。この国では毎日のように雨が降るのに、傘をさしている人間を見た記憶があまりない。それとも、彼女達の傘の色が妙に鮮やかな色をしていたので、特別記憶にとどまっているのかもしれない。彼女達は「父親を見送りにきたの」と話していた。垢抜けた感じのする二人だった。それに、乗船客達は、どちらかというと、出稼ぎ労働者といった趣で、彼女達のきちんとした服装がよけいに目立っていたのかもしれない。彼女達は、乗船客達からは少し離れた場所で、ぺちゃくちゃと話をしていた。


突然雨がザーッと降り出した。さっきまで大人しくしていた乗船客達は、フェンスの向こうのクルー達に「早くここを開けろ」と怒鳴りだした。雨足が強くなってくるにつれて、その声も大きくなってくる。その雰囲気に恐れをなしたのか、母親につれられていた小さな女の子が、ほおを地面の草に押し付けて泣き初めているのが見えた。その瞬間、その光景が自分の中にスナップショットの様に焼きついたのがわかった。眼の前に広がる重い雲の空、雨の音、草の匂いと少女の泣き声が、哀愁やら意味やら慈悲、そういうものをすべて通り越して、自分の持っている感覚の膜の上へ、一瞬の間に焼きついたのを感じた。


雨が降っていたのだ。


しばらく後、さえない顔をしたクルーが、「しかたがない」といった表情で、金網のゲートを開けに来た。人々はどっと船の乗船口に集まって行く。乗船口には長い列が出来ていた。


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「KIMBE EXPRESS」という名のその中型の貨物船に乗り込み、すぐに気がついたのは、その船には「客室」というものが存在しない、ということだった。吹きさらしの甲板の上に、ベンチが10個程度置いてあるだけで、ベットの様なものはどこにもなかった。そしてその船には3、40人の乗客が乗りこんでいる。僕が買ったチケットには「CABIN PASSENGER」と書いてあったので、さすがに個室の様なものは無理にせよ、ベットくらいはあるだろう、と踏んでいたのだけれども、そうはいかなかったようだ。とはいえ、ラバウルに着くまでの3日間、僕はこの船の上で過ごさなくてはならない訳で、僕は自分の為の寝床を探そうと思い、船の中をあちこち歩きまわり始めた。予定より早く客を乗せた為か、雨合羽を着たクルー達が、まだ貨物の積みいれ作業を雨の中続けていた。


一人貨物室に足を踏み入れてみると、既に積み込み終わった貨物の上にブルーシートが被せてある。ブルーシートの上に乗って少し歩くと、足の下に柔らかい感触があった。小麦の袋だった。ここはいい寝床になると思い、さっそくリュックサックを枕にして、横になる。やわらかい小麦の感触が心地よかった。


しばらくそこでそうやって一人で休んでいると、ピーターという一人の船員と仲良くなることができた。歳は僕と同じか僕より少し若いくらいだろう。彼が「こっちに来なよ」と言うので、ついて行ってみると、そこはクルー用の宿泊室だった。狭い部屋に、細いベットが並べてある。「このベットは俺のだから、着くまで使っていいよ」と言ってくれた。僕は彼に厚い礼を言って、そこのベットを使わせてもらうことにした。


貨物の詰め込み作業が終わり、ようやく船は動き出した。船が動き出すとすぐ、乗客はデッキに集まるように、との放送がかかった。救命胴衣についての説明をする、とのことだった。飛行機に乗ると毎回一番最初に流れる奴と同じものだ。ピーターが、実際に救命胴衣をつけながら、それに横にいるもう一人のクルーが説明をつける。「ここをこうやって結んで、そしてここから空気を吹きいれます。いいですか?」その説明に耳を傾ける乗客の目つきは、ものすごく真剣だった。救命胴衣をつけながら、周りによく見えるように、体を左右に小さく動かすピーターの表情も、なんだか自信に満ち溢れている。説明が終わると、乗客からは拍手が起こっていた。


そうして船はようやくニューギニア本土を離れ、ラバウルのあるニューブリテン島へ向かい始めた。