(朝, 昼, 夜) [夜を追加]

(朝)

昨日の夜は、なかなか眠れなかったけれど、あまり暗いことは考えなかった。


今朝は、9時半に宿をチェックアウトした。昨日ピーターが「朝迎えに来るよ」と話していたのだけれども、彼の姿は見当たらなかった。
マーケットに行って、あたりをざっと廻ってみても、ピーターは居なかったので、PMVの停留所のそばで、彼を待つことにした。


しばらく地面に座って彼を待っていると、見知らぬ男が近づいてきて、

「誰かを待っているのかい?」

と聞いてきた。

「友達を待ってるんです。」

と答えると、

「ここでじっとしているのは危険だから、そこの警察に行きなさい。彼女達がつれていってくれるから。」

といって、傍にいる二人の女性を指差す。二人は自分達のことを、"PRIVATE POLICE" と呼んでいた。


彼女達に連れられて警察まで着くと、二人のうちの一人が奥の部屋へ案内してくれた。部屋に向かう途中、横にちらりと牢が見えた。牢の中には誰もいなかった。


案内された所は、椅子と素っ気無い机だけしか無い狭い部屋で、映画で見るような取調室そのもの、といったようだ。ただ、ドアが開いていて風通しが良いのと、彼女がやさしく接してくれるおかげで、映画のような緊迫感は無かった。


「で、そのピーターっていうのは、どんな人なの?」


と聞かれる。どうも彼の事を怪しんでいるようだった。彼の特徴を思い出してみても、僕には彼の歳や、背の高さを答えられる程度で、たいした情報は提供できなかった。彼女の方も、「ふーん…」と、特に心あたりは無いようだった。
しばらくそんな会話を続けた後、


「彼、ひょっとしたら、もう迎えに来てくれてるかもしれないから。」


と言って、いっしょにグランビル・モテルの入り口まで戻ると、ちょうどそこにピーターがいた。彼を見つけるなり、彼女は


「なんだ、ピーターってアンタの事だったの!!」


と笑い出す。どうも知り合いであるようだ。事のなりゆきを聞きながら、ピーターも「あははっ」と相変わらずの笑い方で、よく笑っていた。


それから今日もまた、ピーターといっしょにマーケットに行った。マーケットには、彼の友人という人物がいた。
名前を紹介をしてもらったので、こちらも自分の名を名乗り、握手をしようとした瞬間、彼には右腕が無いことに気が付いた。僕は、慌てて自分の右手を引っ込めて、左手を差し出した。

彼はもの静かな青年で、彼もまた自分のことを、 "PRIVATE POLICE" と名乗っていた。


しばらく話をしていたけれども、彼が右腕を無くした理由については、特に聞かなかった。

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(昼)

マーケットでしばらく過ごした後、次の宿を探す為にピーターといっしょにボロコへ向かった。アンバーズ・インという宿に行ってみると、部屋が空いているとのことだったので、そこに泊まることにした。


ボロコの街で、昼ご飯を食べてから、昨日まで泊まっていたモテルのある、シックスマイル(そういう地名らしい)に戻る。どうやらそのあたりが、ピーターの日頃の遊び場であるようだ。彼がこっちこっちと呼ぶのにまかせてついて行くと、そこは馬券売り場だった。売り場の前で、彼の姉さんと、彼のガールフレンド、という女の子がいて、ピーナツとビートルナッツを地面に広げて売っている。彼の姉さんが、ピーナツを房ごとくれたので、僕が金を払おうとすると、彼女は「いいのいいの」といって笑っていた。途中ピーターの母親という人も現れて、紹介してもらう。


しばらく話していると、ピーターの友人が車で側を通りかかり、「乗ってけ!」と呼ばれたので、慌てて荷物をまとめ、彼にひっぱられるまま車に乗った。急に出てしまったので、帰りに言おうと思っていたピーナツの礼を忘れてしまった。結局僕達がそこにいる間に、客は一人も現れなかった。その車で宿の近くまで送ってもらい、ピーター達とはそこで分かれた。


アンバーズ・インで取った部屋は、日当たりのいい角部屋で、壁には大きなポスターが貼ってあった。朝霧のかかったジャングルを俯瞰で撮った写真の下に、"LAND OF THE UNEXPECTED" とだけ書かれている。


部屋で休んでから、中庭に出てみた。植木の中をぶらぶら歩いていると、側から「ギィー、ギィー」という鳴き声が聞こえる。なんだろう?と思って寄ってみると、大きなかごの中に、極楽鳥がいた。

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(夜)

夜、中庭を歩いていると、テラスで飲んでいた3人組 --- 二人のパプア人と一人のオーストラリア人 --- に声を掛けられ、いっしょに飲むことになった。


パプア人の一人は、デビットという20代半ばくらいのがっちりとした青年で、ポスト・クーリエという地元紙の新聞記者だった。もう一人のパプア人は、JJという40歳くらいのどっぷりとした男で、海鮮食品の貿易会社を経営者しているらしい。残りの一人は、ロバートという名のオーストラリア人で、この男の方は、クイーンズランドで同様に貿易会社を持っているようだ。40代後半くらいだろうか。ワンセンテンスに1回は必ず"Fuckin'"を入れたオーストラリア訛りで、早口でまくしたてている。
三人の関係はよく分からないけれども、どうやらロバートがJJとの取引の為にこの国へ来ていて、この宿に泊まっているようだ。


話をしていると、デビットが、「そうそう、お前の国、首相変わったんだよ。」と新聞を見せてくれた。小さい記事だけど、確かに首相が変わったと書いてある。羽田さんが首相になったそうだ。それからデビットの知り合いに、ヨシダ・エイさんという日本人の女性がいるらしく、よかったら尋ねてみなよ、と言われた。ニューギニア大学で美術を教えているそうだ。


三人はあいかわらず、どんどんと飲んでいた。僕は「酒は弱いから」とコーラを飲んでいたのだけども、「おごってやるから飲め飲め」とラムをじゃかじゃか飲まされた。


三人の仲は良いように見えるのだけど、よく話を聞いていると、微妙な関係であることがわかる。

こういうことがあった。


明日ハイランドに向かうというので、僕が日本から持ってきていたニューギニアのガイドを読みながら、ハイランドの話を聞いていた。この国にも、ガイドブックはちゃんと存在していて、僕はこの土地で出会った人と、よくその本をいっしょに読みながら時間をつぶしていた。

自分の知っている風景がそこに写っているのを、出会った彼らは楽しそうに見ていた。僕は、そんな表情を見るのがうれしかったし、何よりそこを通して、共通の話題が得られるので、重宝していた。ただ、僕はその本の表紙だけは裏返しにして、彼らには見せないようにしていた。
そこには「FRONTIER」と書いてあったから。


ロバートが、その本を手に持ってパラパラとページをめくっていると、彼は表紙の文字を見つけ出し、笑い出す。


「おいっ、"FRONTIER"だって!あははは!」


と、小馬鹿にしたような口調で、JJに見せつけていた。JJは少しムッとしていた。僕は申し訳ない気持ちになってしまった。


そんな事があった後も、その三人は気分よさそうに飲みつづけていた。しばらくして、JJが席をはずしてどこかへ行き、もうしばらくすると、ロバートもどこかへ行ってしまった。デビットが僕に、小声で「女だよ、女」と、くすくす笑いながら話してくれた。どうもJJがロバートの為に女を用意をしたようだ。


二人がいなくなってからは、ずっとデビットと話をしていた。彼は新聞記者だけあって、綺麗な英語を話し、そのガタイのいい体の肩を少し下げ、僕の高さに合わせて話をしてくれていた。彼の話を聞いていると、この国の人間は、やはり白人は好きではないというのが分かる。


「あいつらは俺たちを馬鹿にするんだよね。俺たちを怒らせようとして。でも、そういう時は怒っちゃダメなんだ。」


と、僕に教えてくれた。


彼は記念に、と自分が書いた記事が載っている新聞のページをくれた。ラグビーの試合についての記事だった。彼はこの仕事を始めて間もないのか、少しだけうれしそうに、その記事を僕にくれた。


ロバートは僕の隣の部屋に泊まっているらしく、自分の部屋に帰る途中、彼の部屋の開いていたドアから中が見えた。ベットの上に、ちょこんと座ったパプア人の女が、ロバートがしている話を、少しだけ笑って聞いていたのが見えた。