警察のバンに乗せてもらい、ゴロカへ向かう。バンの中は、いっぱいだったので、ヘンリーという警官と二人で助手席に座ることになった。彼もとても親切にしてくれた。後部座席から「プヒー」という音がしたので、振り返ってみると、麻袋に入れられた小さな子豚が数匹、袋から顔を出しているのが見えた。ゴロカにつくまで、金網で囲まれた窓ガラスの向こうに広がる景色をずっと眺めていた。


ゴロカのルター派ゲストハウスの前で車を降ろしてもらい、みなに礼を言って別れた。みんなはそのままレイへ向かうと言っていた。何の為に子豚をレイへ運んでいるのかは、結局わからなかった。


ルター派ゲストハウスは、街の中心から少し離れた静かな場所ににある、小奇麗な宿だった。通された部屋は三人部屋だったけれども、ひとりで使うことができた。


昼ごはんを買いにカイバーへ行った。店のお姉さんに、

「ねぇあなたマニラから来たの?」

と尋ねられた。

「いや、日本なんです」

と答えると、「あらそう、ごめんなさい」とお姉さんは笑っていた。僕も笑っていた。


そういえば、こっちに来て、ずいぶんと焼けたように思う。シャワーにも随分入っていないので、体も油ぎっているのだけれども、不思議と体が軽い感じがする。


ゴロカの街からは下に広がる高原が見渡せる。その高原の端に山が見えて、その上に巨大な入道雲がポカリと浮かんでいた。その下にある山の大きさと対比させてみると、その雲がとてつもなく巨大であることがわる。


部屋で昼ごはんを食べ終わると、おなかが一杯になってしまったせいか、眠くなってしまった。ベットで横になって寝ている間に夢を見た。もうすぐ取り壊されるアパートに住む少年の夢だった。


起きて、シャワーを浴びる。蛇口をひねるとお湯が出た。とても暖かかった。


晩御飯を知らせる鐘が鳴ったので、食堂へ降りてみると、マウントハーゲンでいっしょだったミシガンの老婦人に会った。警察の車でここまで送ってもらったことを話すと、びっくりしていた。


教会がやっているゲストハウスなので、食事の前にお祈りをした。宿に泊まっているのは、僕と老婦人くらいなものなので、食堂の隅の方だけで、牧師達と静かに食事を取る。


夜、老婦人達にさそわれて、近くを散歩した。ローンボーリング場があったので、入ってみることにした。芝の上で玉を転がすゲートボールの様なスポーツだ。ここは地元白人の老人達のコミュニティーのようで、ラウンジでは、白人の老人達ががやがやと話をしながらくつろいでいた。その中にひとりだけ、女の子がいた。歳は15、6といったところだろうか。透き通るようなキレイな眼をしていて、周りの誰とも話すことなく、ひとりテーブルの椅子に深く腰をかけて、遠くを眺めていた。


夜、部屋に戻ってから秋久にまた手紙を書いた。

今日はマウントハーゲンを出て、クンディアワへ向かうことにする。宿に「今日ここを出ることにする」と告げ、カウンターで清算をしていると、アンナがニヤニヤしているのに気がついた。


「アンタ、なんか大事なもんわすれてるでしょう」


僕が何のことだかわからずポカン、としていると、アンナが奥から僕のパスポートを持ってやってきた。タリへ向かう前にここの宿に預けておいたのを、まるっきり忘れてたのだ。笑ってアンナに礼を言い、ハウスポロマンを後にした。


宿の車でミシガンの老夫婦たちと供に街まで下り、いっしょにPMVへ乗った。PMVの座席がうまるまで、しばらく時間がかかった。マウントハーゲンからハイランドハイウェイを下るその道は舗装がきちんとしてあり、PMVはスピードを出して、その道を走り抜けていた。僕はひとりクンディアワで降り、老夫婦達とは別れた。


タリで出合った警察官のトニーに会いに、警察へ行ってみる。しばらくすると、トニーがやってきた。彼は今日は非番なのか、私服だった。今日は彼の家に泊めてもらえることになった。街で買い物をしてから、警察の車でトニーの家まで行く。近くの雑貨屋で働いている奥さんところへ挨拶へ行き、その後マーケットの近くの広場で少年達と話しをして、時間を過ごした。少年達はみな、日本の事を聞きたがっていたようだけれども、僕は何を話したらいいのか思い浮かばなかった。


PMVで街まで出て、トニーの奥さん達といっしょに買い物をした。ストアのオーナーは韓国人らしく、韓国人の女の子が店番をしていた。街の不良少年達が、お札をピラピラさせながら、「やらせてくれよ」と女の子をちゃかしていていたが、女の子は「うっさいわね」という表情で無視していた。彼女の黒い髪がなんだか印象に残った。


夜、トニーの家で食事を食べさせてもらう。トニーの小さな家の壁という壁はキリスト教のポスターで埋め尽くされている。トニーが家に来ていた電気屋を街まで送りに行っている間、お隣から借りてきたP・N・Gスーパーサウンドというミュージックビデオを家族のみんなで見た。地元の人気ミュージシャンを集めたビデオなのだろう。映像はちゃちかったけれども、音はよかった。


トニーに聞くところによると、ラバウルへ向かう船は金曜の夕方6時にレイの港を出るらしい。木曜にはレイについていないといけない。会う人はみな「マダンへ行きなよ。ほんとうに静かでいい街なんだ」と言ってくれるのだけれども、僕は多分行かないだろう。

今日は、下の街へ降りることにした。宿の車で下まで下ろしてもらう。昨日の晩、宿に泊まっていたミシガンの老夫妻に、「マシュマロを買ってきてもらえないか」と頼まれたので、いろんな店をまわって、マシュマロを探すが見つからなかった。街の中をぶらぶらしていると、トオルさんに会った。マーケットまで案内してもらう。マーケットに入る直前に、「スリに気をつけてね」とトオルさんに耳打ちされた。


マーケットで、籠に入れられた胴の長い大きなリスのような生き物が売っていた。「かわいいですね」と僕が言うと、「あれ、食うんですよ」とトオルさんは言っていた。クスクスという名前だそうだ。マーケットでパッションフルーツを買ってから、トオルさんの家まで案内してもらう。トオルさんが昼飯を作ってくれた。食事の後、協力隊のアルバムを見せてもらっていると、気が付いたらトオルさんはソファーで寝てしまっていた。アルバムも見終わってしまい、手持ちぶさたになったので、パッションフルーツの皮を削って置物を作っていた。風のある、静かな午後だった。


トオルさんは起きる様子もなかったので、ひとり家を出て、映画館の前へ向かう。夕方宿へ戻る車を、映画館の前で待つ約束になっていたのだ。映画館は「トライブス・シアター」という名前の、ひなびた小さな建物だった。名前も聞いたことの無いような古いアメリカ映画のポスターが貼ってある。


映画館の前で、車を待っていると、激しいスコールが降りだした。僕は映画館のひさしの下で、ひとり街の様子を眺めていた。傘をさしている人間はほとんどおらず、みなビニールで頭の上をおおうようにして、足早に駆けていく。街を眺めている間、ずっと雨は続いていた。


車が来て、ハウス・ポロマンに戻り、しばらくするとコバヤシさん、という協力隊の人が尋ねてきた。トオルさんとはまた違った、ニカッと笑う顔が印象的な背の低い30歳くらいの男性だった。「今日、日本人の観光客が来るらしいから」、というのでバイクで下から上がってきたそうだ。


昨日聞いていた話では「日本人の女の子が6人来る」とのことだったけれども、やってきたのは、登山家のおじさん達6人だった。沼津から来たそうだ。ウィルヘルム山に登りに来たそうだ。コバヤシさんも交えてみんなで食事を取った。


「ウィルヘルムはね、つまらない山ですよ。頂上までずっとガレ場で、登りきってしまうまで景色も何も見えない」


と、彼らは話していた。


夜、外でふとコバヤシさんに会った時に、
「アンナは、『日本人の女の子が来る』って言ってませんでした?」
と聞いたら、
「いや、俺もそう思って来たの」と、ニカッと笑っていた。


今晩は、この小屋に泊まっているのは、僕しかいない。遠くの方で村人達が小さな宴をやっているのか、歌声が霧雨の向こうからかすかに聞こえてくる。

今日は何もしない一日にすることにして、午後いっぱい街にも下りず、拾ってきた木の枝を削っていたり、手紙を書いたりしていた。

夜は夜で、焚きびの火を眺めながら、ずっと考え事をしていた。


本当に何もしない一日だった。


そういえば、明日、日本人の女の子が何人か、ここの宿に泊まりにくるそうだ。
昨日の晩、青年協力隊のトオルさん、という人が街から上がってきていて、その話を聞いて、明日また来る、と話していた。

朝6時に起きて、トニーの運転する警察のトラックに乗せてもらい、タリを出た。警察車両とはいっても、見た目は普通のトラックだった。僕が座っていた助手席の端にはライフルが立ててあった。道を進めていく途中、トニーは一度だけライフルを袂に置き、セーフティをはずして、すぐに撃てる様にしていた。「ここのあたりは危ないから」と話していた。


途中、メンディで、トニーに知り合いの家に寄ることになった。その家は他の家と同じように、ぐるぐると巻かれた鉄条網とフェンスで囲まれている。


その家には白人の大男が一人で住んでいた。ものすごく握力の強い男で、握手をした後、手がひりひりした。男はトニーとは仕事上の仲間であるようで、何かまじめそうな話をしている。彼らが話をしている間、僕は男の出してくれたチリビーンズ食べながら、一人で部屋の隅のテレビを眺めていた。ここにはオーストラリアの電波が入るらしく、テレビの広告に出てくる住所はすべてクイーンズランドだった。売地の広告がよく目についた。しばらくして、朝食の礼をしてから、男の家を出た。


マウントハーゲンに着くと、トニーは地元の警察へ案内してくれた。ハウスポロマンへの連絡も、トニーがしてくれ、宿の車が来るまで、警察で休ましてもらった。警察では、一人の警官が机にナイフを突き立てて、少年に対して事情徴収をしていた。ガランとした所に机が幾つも置いてあるその部屋は、なんだか職員室の様にも見える。


しばらくすると、宿の女将(アンナという名前だ)が迎えに来てくれた。トニーが「クンディアワに来ることがあったら、家に泊めてあげるから」と言ってくれ、ここまで送ってもらった礼を言い、別れた。


宿の戻る前に、街で客をトラックに乗せてから戻ることになり、空港へ向かった。途中、アンナが店に寄って、コーラとミートパイを僕に買ってきてくれた。ミートパイはまだ温かかった。僕が金を払おうとすると、「あはは、いいのよいいのよ」と言ってアンナは笑っていた。


空港へ客を迎えに行くと、誰かと思ったら、今朝までいっしょにいた、クレッグ達だった。カードのトラブルで、ウェウェックに飛べなかったそうだ。昨日お別れを言ったのに、また会ったのが、ちょっとおかしかった。


外の空気が気持ちよかったので、皆でトラックの荷台乗って宿への山道を登っていると、突然雨が降り出した。みな一目散にトラックの座席の方へ戻って行き、気が付くと、中は全部埋まってしまっていた。仕方が無いので、僕は荷台に残ったまま、宿の手伝いの女の子達と、ビニールシートを広げて皆の荷物が濡れないように包んでいた。女の子達は雨を特に気にする様子もなく、きゃっきゃっとはしゃいでいた。ひどい土砂降りと、ひどい揺れのせいで、荷台の端にしがみついていなくてはならない。宿へ着く間、何か歌を歌おうと思ったけれども、いい歌が思いつかなかった。

今日はクレッグの意見で、アンブアロッジという宿に行ってみよう、ということになった。昼間中、そこへ向かうPMVを探し廻っていたのだけれども、車はなかなか見つからなかった。車が見つかるのを待っている間、僕は道の傍で、石を積み重ねて時間をつぶしていた。何個も石を積み重ねていると、それは石碑のような形になってくる。僕が手元にある石を、いろいろと丹念に選って作業をしていると、それを見た子供達が、自分の選んだ石を「これはどう?」「じゃあこれは?」といって、集めてくれるようになった。


結局アンブアロッジ行きの車は見つからず、あきらめて宿に帰ることにした。


クレッグ達と、明日からの行程をどうしようかという話になり、クレッグ達は飛行機で、マウントハーゲンを経由してウェウェックに向かうことする、と話していた。僕は空路を乗り継ぐだけの金もないので、彼らとは別れ、一人でマウントハーゲンに陸路で戻ることにした。


夕方、ベットでうとうとしていると、遠くから隊列の歌声がこっちへ近づいてくるのが聞こえてきた。すぐに「ああ、これは葬式の歌声なんだな」とわかった。事故で死んだ警官の葬式だ。見に行こうと思うのだけれども、昼間の太陽の下にずっといたせいか、眠さとけだるさのせいで、体がなかなか動かない。隊列が、頭の向こうをゆっくりと通り過ぎていくのが、ぼんやりとわかる。


歌声が遠く小さくなってしまう頃、眠さを振り切って、やっとベットから出た。隊列を追いかけていく。追いついてみると、それは女達だけの隊列だった。


しばらくすると彼女達は歩みを止め、空き地の隅の小高くなったところへ集まる。彼女達は、遠く、一つの方角へ向かって、歌声を続けていた。それは歌というよりも、ゆるやかな雄叫びのようにも聞こえる。幾重にも重なった彼女達の歌声は途切れることがなく、僕はしばらくの間、何をするともなく、ただその歌声を聞いていた。


夜はまた、キッチンで料理を作って食べた。食後にテーブルで話をしていると、トニーという名の警官と仲良くなることができた。彼は明日の早朝、クンディアワに向かう、とのことだったので、途中マウントハーゲンまで、乗せていってもらうことにした。


クレッグ達とは今日で最後になるので、皆で写真をとった。昨日と違い、今日は皆の機嫌もよかった。ミシェルの笑顔を初めてみた気がする。「カラーのフィルムはいらないから」といって、僕は白黒のフィルムを数本だけ残して、残りを全部彼女にあげた。実際、この国に来てから、僕はほとんど写真を撮っていなかった。

今日は、昨日ハンスに薦められたように、クレッグ達三人とタリへ向かうことにした。


ニューギニア高地には、ハイランド・ハイウェイという1本の道が、東西を貫くように走っている。ハイウェイといっても、途中からは舗装すらされていない只の道路で、タリはその終着地にあたる。ハイランドハイウェイは、よくラスカルに襲われるらしく、山科さんは、「PMVに散弾銃の跡がついてるの見たよ」と言って笑っていた。何かあった時の為に、僕は帰りのエアチケットとチェックを宿に預けておいた。この宿は気に入ったので、もう一度戻ってこようと思う。


街に降りると、タウンの広場が長距離PMVの乗り場になっていた。クレッグが何台かのPMVと交渉をして、値段の安い車を探していたけれども、どれも値段は変わらないようだった。


PMVの運転手は、車の座席が埋まるまで、行き先を窓から連呼しながら、そのぬかるんだ広場の中をゆっくりと廻っている。2、30分ほどすると座席がすべて埋まり、PMVはタリへ向けて走り出した。


マウントハーゲンを出てしばらくすると、道は悪くなり、舗装されていないその道をPMVは飛ばしていた。車窓の向こうには広大な土地と雲が広がり、ここが高地であることをよく示している。


途中メンディという街で、休憩を取ることになり、車は長い間停まっていた。休憩にしては長すぎるので、おかしいな、と思い尋ねてみると、「警察のエスコートを待っているんだよ」という返事が返ってきた。


しばらくして、パトカーに先導され、他の1台の車と供に、車はのろのろと走り出した。時折、運転手は車を止めて降り、向こうからやってきた車の運転手と、何やら情報を交換している。


しばらくすると、警察のエスコートも外れ、また元のスピードで走り出した。


メンディからの道は景色もあまり良くなく、空気が薄い為か、頭痛がしだした。眠ってしまえれば楽なのだろうけれども、振動が強烈すぎるので、眠ることができなかった。


結局眠ることはあきらめ、ずっと窓の外を眺めていた。車窓からは、その土地の人間達と何人もすれ違った。僕は、すれ違うほとんどの人間に向かって、小さく手を振っていた。彼らも、そのほとんどが、笑って手を振りかえしてくれていた。


でも僕は、道の傍にたたずむ人々や、森を眺めながら、ずっと自分のことについて、考えていたように思う。


タリへ近づいてくると、人々の服装が、Tシャツやズボンといった服装にまじり、その部族固有の葉で作った腰巻をつけている人物も見かけるようになる。このあたりの部族では、耳たぶに開けた穴を、木のかざりで大きくして広げるのが風習のようだ。老人の耳が、すでにその弾力を失い、ちぎれて半ば耳たぶを崩壊させてしまっているのも見える。


タリについた。


宿について、部屋で荷を降ろしていると、ミシェルが、車の中に小さなカバンを忘れて来たのに気付いた。すぐに探しに戻ったけれども、見つからなかった。カバンの中には、金が少しと、チェックとフィルムが入っていたらしい。フィルムを無くしたことで、彼女はとても落ち込んでいた。


部屋で休んだ後、夕食を買いに近くの食料品屋に行き、ペプシとパンを買った。帰る途中、挨拶をしてきた二人の女の子と、いっしょに歩いた。気が付くと、ひとりの女の子は、僕の背中を触っていた。僕は、財布か何かを獲られるのではないかと思い、身構えてしまったけれども、彼女にはどうもそんな様子はなかった。彼女は、単に僕の背中に触りたかっただけのようだった。


「あなたはキレイね」といって、宿につくまでのしばらくの間、彼女はゆっくりと僕の背中を撫でていた。


夜は、キッチンのテーブルで、宿に泊まっている人達と話をしていた。昨日、タリへ向かう途中の道で警官が一人、事故で死んだそうだ。確かにここへ来る途中の道は、ぬかるんでいて悪かったし、大きな落石の跡も見た。ひどい雨が降っていたようだ。事後処理の為にこの街にやってきた警官が、何人かこの宿に泊まっている。


今日は、随分と疲れているので、くつ下を洗って早く寝ようと思う。他の三人も疲れているようで、誰もしゃべらず、みな自分のベットでボゥっとしている。